プライスウォーターハウスクーパース株式会社・eNewsletter 2012年1月号

2012年1月31日(火)

経営塾

欧州はどうなるのか、日本はどうするのか

株式会社プライスウォーターハウスクーパース総合研究所 理事長 五味 廣文 株式会社プライスウォーターハウスクーパース総合研究所
理事長 五味 廣文

2012年が明けましたが、世界の経済状況をみますと、「めでたさも中くらい」のお正月だったでしょうか。年末年始の経済報道では、欧州債務危機関連の記事が目立ちました。たしかに、ユーロ圏の経済は深刻な状況にあります。どう深刻なのか。

欧州はどうなっているか
今回の欧州債務危機の原因は、基本的にはリーマンショックによる世界金融危機同様、国境を越えたマクロインバランスの生成と崩壊です。ユーロ圏では各国財政が独立したままユーロという共通通貨を使用するため、ギリシャのように経済力の弱い国家も、独自通貨より信用の高いユーロによって低利での借り入れが可能です。他方、ドイツのような経済力の強い国家は、独自通貨より信用力の低いユーロによって、自国通貨安による有利な交易と富の蓄積が可能です。

こうしてユーロ周縁国の財政需要はユーロ中核国によってファイナンスされ続け、周縁国の債務がその経済の実力を越えて膨張、リーマンショックによる追加財政需要をきっかけに、国家による債務不履行のリスクが顕在化し、流動性危機と否応なしのバランスシート調整が始まったのです。

ただ、リーマンショックとの違いは、第一に、今回は民間経済ではなく国家そのもののバランスシート調整であること、そして第二に、民間金融システムの問題ではなく、国家財政システムの問題であることです。これが厄介なのです。

リーマンショックでは、米国政府とFRB、すなわち国家が、民間で負いきれなくなったリスクを自らのバランスシートを膨張させることで肩代わりし、民間金融システムを正常化させました。しかし欧州債務危機では、国家自体の過剰債務が問題なのですから、同じ手は使えません。では他国や国際機関を頼りにできないか、となりますが、米国ですら世界経済を引っ張る力はもはやなく、他国ができることは限られます。結局、「欧州のことは欧州で」とならざるをえません。

もちろん、ユーロ圏諸国やEUは、対応策を打ち出しています。しかし、ギリシャ支援策はデフォルトを避けるための応急策です。欧州金融安定基金の拡充案、欧州版IMFの設立、ECBの出動等も、流動性供給による混乱拡大防止という「時間稼ぎ」対策にとどまります。

一方市場は、こうした応急策に加え、危機の根本原因に対する抜本策を求めています。資金繰りだけが問題ではなく、信用力の問題が根っこにあるのです。すなわち、今回の危機の真の原因である、「通貨統合はされているが財政統合はされていない」というユーロ圏の根本的矛盾、言い換えれば財政という裏付けを疑われた通貨ユーロをどうするつもりなのか、ということです。その回答が示されない限り、市場の不安は除去できず、欧州経済の混乱は収まりません。もはや国家財政の実態が市場で評価されるのではなく、市場の疑心暗鬼が国債や通貨の信認を破壊する、という危機的状況にあるように思われます。2000年前後に極東の小国で、当局者として金融危機を経験した者の皮膚感覚です。

欧州経済はどうなるのか
昨年12月、EUサミットで域内諸国の財政規律強化に向けた対応が提示されたのは、半歩前進ではありましたが、市場の不安に答えるものにはなっていません。これは、たとえて言うなら「仲間が病気にならないように監視しあう、問題があれば生活習慣を変えさせる」というものです。しかし、今求められているのは、「それでも病人が出たら、治療費はみんなで分担する」という財政調整の枠組みです。

となると、重病の人が保険に入れない道理で、問題国をユーロから脱退させるのが最も合理性のある解決のように思えます。が、現状でこれを行えば、PIIGSといわれるすべての国にユーロ脱退の可能性が浮上、有力国の国債格下げも呼び込みかねず、市場の大混乱を招くでしょう。ユーロ崩壊が現実のものとなる政策は、政治的に取りえません。

では、一国内において構造不況地域へ公共事業が重点配分されるように、ドイツの納税者の負担でギリシャを助ける財政調整が導入できるか。ユーロ圏諸国の債務はユーロ圏諸国が共同責任を負う、というユーロ共同債は一つの回答たりえます。要するに、財政統合と同等の効果を持つ意思決定方式の採用が必要なのです。ただ、これはすなわち国家主権の制限であり、ましてドイツの納税者の納得は得られず、政治的に容易ではないでしょう。手間と時間のかかる「民主的」手続きと政治的妥協を経なければ実現は困難です。

結局のところ、国境や民主主義とは無縁の「市場」あるいは「経済」という存在と、国境と民主主義を存立基盤とする「国家」あるいは「政治」という存在との、空間と時間をめぐるせめぎあいになっているのが現状ではないでしょうか。市場は政治を待っていてはくれません。

こうした状況をみると、欧州は市場を納得させるような抜本解決策は直ちには取りえず、市場が危機のシグナルを発するごとに各国首脳が集まり、当座の時間稼ぎで危機の先送りを図る、という政治対応にならざるをえないでしょう。結果として、国債を資産に持つ銀行の財務悪化が金融不安と信用収縮を招き、政治の意思決定待ちで誰もリスクを取ろうとせず、さらに金融規制強化と緊縮財政が景気悪化に追い打ちをかけ、そうした中で長期不況に陥る、という、極東の小国の経験と同じことが欧州で起こるように思われます。

他国への影響は
欧州におけるこうした状況は、貿易面、金融面で欧州と関係の深い米国や、新興国特に中国にとって好ましくないことは言うまでもありません。どちらも欧州向け輸出の減退は打撃ですし、米国の金融機関は欧州の金融機関へのエクスポージャーが大きいため、欧州の金融不安は米銀のリスクテーク能力を制約します。また、欧州金融機関の財務悪化は、中国等新興国への与信を縮小させるでしょう。これは現実に起こっています。また、こうした動きは投資家のリスク回避志向を助長し、不安定な株価や商品市況を通じて世界経済をさらに圧迫します。

日本の金融システムは、リーマンショックの場合同様、こうした動きに直接影響されることはないでしょう。邦銀は、欧州金融機関に対して米銀のようなエクスポージャーはありません。しかし為替の面では、円は相変わらず退避通貨として円高基調で推移するでしょうし、上記のような停滞色の強まる世界経済も相まって、輸出は思うに任せず、我が国の実体経済は成長力をそがれそうです。原発事故による化石燃料発電への転換も、円高で多少緩和されるにせよ、電力コストの上昇を通じて産業の競争力を制約します。

日本経済はどうなっているか
以上を概観すると、「めでたさも中くらい」どころか、「めでたくない!」とキレそうになりますが、実は我が国の経済財政の閉塞状況は今に始まったことではなく、もう20年近く続いているのです。GDPは伸びていないし、公的債務残高の対GDP比は先進国で断トツのトップ、金融危機も経験済み、言わば「危機の先進国」です。欧州問題で閉塞感が多少高じたからといって、どうだというのでしょう。欧州債務危機があろうとなかろうと、この国が健全に存続するためには、やるべきとはことはどの道やらざるを得ないわけですし、それを20年間怠ってきたことも事実なのです。

日本経済の長期停滞の根本原因は、内外の環境変化に対応した経済財政構造改革ができていないところにあります。人口増加と高度成長の局面で設計された諸制度やビジネスモデルが、人口減少と低成長の局面で適切に見直されず、税制も社会構造の変化に適応できず、近隣諸国の発展で競争力を失った産業を非効率なまま温存する、などなど。結果として、歳出の累増、歳入欠陥、経済の停滞が長期にわたっています。

そんな状況で、かつGDPの2倍という、他の先進国に例を見ない多額の公的債務残高をかかえながら、なぜ円は退避通貨として買われるのか。その主な理由は、自国民が稼ぎ出した金で自国の借金をファイナンスできること、そして、増税による歳入増を図る余地が大きいこと、この二つではないでしょうか。すなわち、経常収支黒字と財政再建余力ですね。日本は、国は借金まみれですが民間は大金持ちなのです。

日本はどうするのか
裏を返せば、もし経常黒字の維持と財政再建ができないということだと、公的債務は制御不能となり、欧州同様国家債務危機に陥るであろう、となりそうです。しかも、公的債務の規模が異様に大きいうえに引き受け手が国内金融機関に集中していることから、半端な危機では済まないでしょう。「官民総崩れ」ですね。そんなことにしないために経常黒字の維持と財政再建が必要なわけですが、ここに、日本が現在の閉塞状況を脱するためのヒントがあります。

まず経常黒字ですが、貿易収支は、周辺諸国の技術力向上もあり、輸出で黒字を確保し続けるのは困難でしょう。化石燃料発電への転換による輸入増も重荷です。輸出もするが輸入も多い、という先進国モデルにならざるを得ません。サービス収支も然り。

となると所得収支です。日本の民間は大金持ち、日本は対外純債権国です。海外からの利子、配当で黒字を確保するのです。できるだけ有利な資産運用を行う必要があります。円高の昨今、海外M&Aの好機です。欧州金融機関の資産圧縮で、魅力的な金融資産も売りに出ています。また、国内で生産して輸出するのでは競争力の劣る製造業も、周辺国へ出て行って生産すれば抜群の競争力を確保できます。外国債券で安全運用するだけが能ではありません。

国内が空洞化するではないかという心配がおありでしょう。ごもっとも。海外で稼いだお金が国内に投資され、雇用を生み出す仕組みも必要です。規制緩和です。医療、介護、福祉、農業など、これからますます大切になる分野が、規制によって抑え付けられています。規制を緩和し、商業ベースに乗せることで効率化すれば、需要が顕在化します。競争力の裏付けとなる高度技術や研究開発に資源を集中することも、投資を促進します。

これができれば、内需振興によるデフレ脱却も展望できます。そうなれば実質金利も低下し、実感に合わない円高の解消にも資するでしょう。以上要すれば、いわゆる「成長戦略」ですね。

次に財政再建です。歳出の抑制と歳入の増加、その両方が必要です。日本の社会保障制度は人口増加局面で基本設計されており、現在の人口減少局面では持続不可能です。年金支給開始年齢の引き上げなど、給付抑制に向けた抜本改革が必要です。

それでも社会保障費は増加します。成熟国家の宿命です。ならば歳入増も必要です。デフレ脱却ができれば税収も増えるでしょうが、それでは足りません。増税、それも景気の影響を受けにくい、安定的な税収の期待できる増税が必要です。主な使途が所得再配分機能を持つ社会保障費であることも考え合わせれば、老若男女現役OB個人法人を問わず、国民全体が広く負担する消費税の税率を上げるのが、理にかなっているでしょう。以上要すれば、いわゆる「社会保障と税の一体改革」です。

こうして並べてみると、なんのことはない、もう20年近く言われ続けてきたことばかりです。要するに、経済財政構造改革です。既得権益の破壊と国民負担の直撃という、痛みを伴う改革です。国民に不人気なこの政策を政治が一気に決断できれば、市場も円を、そして日本経済を、持続可能なものとして信認するでしょう。

しかし、これら諸課題は単純ではありますが容易ではありません、国境と民主主義に縛られた政治にとっては。経済人としては、サイドラインの外でいたずらに政治の動きを待つのが得策とは思えません。否応なしの環境変化に適応するよう、政府に先んじてリスクを取りに行く気構えを持つ必要がありそうです。「大金持ち」の民間がその気になれば、日本経済は立ち直ります。

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